人格障害は変わる?!

「電網山賊」さん(2004-10-02 の一番下)経由の
「EP:end-point」さん(「人格障害という輸入概念と文化心理学的解釈」)
のところにあったリンク、EurekAlert
以下はその意訳な私訳です。

ずっと変わらないと考えられていたが、人格障害は変わりうるということが明らかになった
人格(パーソナリティ)障害の症状は、生涯に渡って変わらず、持続し、そしてなかなか良くならないとされてきたが、ビンガムトン大学、ニューヨーク州立大学およびハーバード大学の報告書は、そうした障害となる精神的状態は固定したものではなく、目に見えるくらいの変化が可能であることを立証した。


長い間の精神医学と心理学の基本的な前提とされてきたひとつに、人格障害を抱える人たちというのは、それが彼らの一生涯を送る生き方であり、治療は症状変化の現実的希望にほとんど寄与できないというのがあった。実際、現代の精神医学での公式の診断命名法(米国精神医学会の診断基準 DSM-IV)は、それらの障害を「頑として変わらない(inflexible)」「長期間固定している(かたい)」と記述している。だが時間をかけて数多くの若年成人を追跡調査した、この長期におよぶ画期的な研究から得られた結論は、人格障害は変わらないとする前提条件へ疑問を差し挟むものであった。


ビンガムトン大学(ニューヨーク州立大学)のMark F. Lenzenweger教授の指導のもと行なわれた「人格障害の長期的研究」により、人格障害の症状を持った人たちに、時間の経過と共に兆候の顕著な低減が見られることが明らかにされた。「平均して、被験者は年に1.4の人格障害的特徴を減らしています」とLenzenweger教授は言う。


この発見が特に魅力的なのは、そうした変化が不安や抑うつあるいは他の精神疾患といった、従来の治療方法や他の種類の精神障害の存在に晒されることなく説明されているところにある。研究の被験者は四年に三回、人格障害の特徴が注意深く診断され、その際彼らに起きていた変化を見つけるのに、成長曲線解析として知られる複雑な統計手法が利用された。その研究計画の本質理念は、人格障害の特徴として観察されたどんな変化も、他の研究にとってやっかいになる人為的影響や欠陥によるものではないことを保証するのに役立った。


人格障害は、社会や職業における深刻な機能障害を反映した精神の状態であり、その障害の本質は、人間の人格に必要不可欠なものである。人格障害は、精神分裂症(統合失調症)や双極性の病い(躁うつ病)、あるいは重度のうつ病など他の精神障害と違って、発作性(episodic)の精神的混乱を示すことはない。人格障害は、社会ではわりあいに一般的で、およそ人口の10% がかかっており(そのこともまたLenzenweger教授の研究室ですでに発見されている)、開業している精神医療の専門家による治療を受けている人たちのなかでも大きな割合を占めている。「人格障害が10人に一人いるくらいに一般的になっているとは言っても、良いニュースもあります。私たちは今ではもう、その障害が時間とともに変わるということを知っているのです」と教授は述べる。最近出現した人格障害のための専門的治療法は、ここで挙げてきた新規の発見と結び付けられ、障害にかかっている人々の間に新たな希望を生み出している。


一般的な人格障害境界性人格障害で、自己破壊的で衝動的な振る舞いとともに、不安定な人間関係によって特徴づけられる。自己愛性人格障害は、偉ぶった自己尊大感と他者への共感の欠如で特徴づけられる。米国精神医学会(DSM-IV)による、それぞれ分類された10の人格障害タイプが存在している。


(微妙な問題なので、すぐ対照できるように原文も引用します。もし誤訳箇所などあればどうぞご指摘ください。)


Long thought inflexible, personality disorders show evidence of change
Personality disorder symptoms are supposed to be stable, enduring, and persistent across the lifespan, however researchers at Binghamton University, State University of New York, and Harvard report evidence that such disabling psychiatric conditions are flexible and appreciable change over time is possible.
One of the cardinal assumptions in psychiatry and psychology has long been that individuals who have personality disorders will be the way they are for their lifetime and that treatment offers little real hope of change. In fact, the official diagnostic nomenclature used in modern psychiatry (the DSM-IV of the American Psychiatric Association), describes these disorders as "inflexible" and "stable over time." Results from a landmark longitudinal study, which has followed a large number of young adults over time, now call into question the assumption that personality disorders never change.

The Longitudinal Study of Personality Disorders, under the direction of Professor Mark F. Lenzenweger at Binghamton University, State University of New York, has recently discovered that individuals who have personality disorder symptoms will show significant declines in their symptoms with the passage of time. "On average, our subjects showed a decline of 1.4 personality disorder features per year," noted Lenzenweger.

What is particularly fascinating about this finding is that the change is not explained by exposure to conventional treatments or the presence of another form of mental disorder, such as anxiety, depression, or other illnesses. The subjects in the study were examined carefully for personality disorder features at three time points over a four year period and a complex statistical procedure known as growth curve analysis helped to detect the changes that were happening in the subjects. The nature of the study design helped to assure that any observed change in the personality disorder features was not due to artifacts or shortcomings that plague other studies.

Personality disorders are conditions that reflect serious disturbances in social and occupational functioning and the nature of the disturbance is part and parcel of a person's personality. The personality disorders do not represent episodic disturbances, unlike other forms of mental illness such as schizophrenia, bipolar illness, or major depression. They are relatively common among the public, with approximately 10% of the population affected (a fact also discovered previoulsy in Lenzenweger's laboratory), and they make up a large proportion of those individuals seen for treatment by practicing mental health professionals. "Although the disorders are common, with 1 in 10 people affected, the good news is that we now know the disorders can change with time," states Lenzenweger. The recent emergence of specialized treatments for the personality disorders coupled with these new findings creates new hope for those affected with the conditions.

Common personality disorders are borderline personality disorder, which is characterized by unstable personal relations as well as self-destructive and impulsive behavior. Narcissistic personality disorder is characterized by grandiose self-importance and disregard for others. There are ten well-defined personality disorders according to the American Psychiatric Association.
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The report by Lenzenweger and his colleagues, Matthew Johnson (Binghamton University) and John B. Willett (Harvard), will appear in this month's Archives of General Psychiatry. The study was sponsored, in part, by the National Institute of Mental Health (NIMH).



上のダイジェストでは、人格障害は時間とともに変るということだけで、実際何がどう変わるのかについては説明されていない。
さて、米国での"personality"と日本での「人格」とではニュアンスが少し違うみたいで、「人格」はその人のアイデンティティにも関わるような重くて固定的な捉え方がされるけど、米国流の"personality" は流動的で変わりうるという、行動パターンに近い捉え方がなされているようです。そのせいか米国ではわりと軽く "personality disorder" の診断を下すみたいなので、米国の人格障害者が10人に1人という、日本よりずっと高い比率にもなって表れているのでしょう。それで日本でも人格を行動パターンとしてとらえ、「人格障害」ではなく「行動障害」とするほうがふさわしいと言う人や、カナの「パーソナリティ障害」という用語を使ってる人もいます。
それとやはり、上のEurekAlertでも指摘されていたけど、人格(パーソナリティ)障害などのメンタルな問題は個人だけに帰するものではなく、今の社会がそれを生み出す培地になってるという把握は大事でしょうね。欲望を刺激する高度消費社会、モラルや倫理の低下、共同体意識の崩壊と人とのつながりの断片化などによって、社会が大きく変わってきていて、みな大なり小なりその影響を受けてるわけだし。もちろん、それはまた文化の問題にもつながるし、ほんとうは親との関係や育った環境の問題も大きい。そして、やっぱりキーワードは「自己愛」だと思う。


心理学や精神分析的言説で何か分かったように説明してしまう風潮に対しては、いろいろと批判があがってるようだ。個人的には心理主義精神分析主義?などはちょっと問題だと思っているけど、心理学や精神分析は使えることも多いと思っている。でもオールマイティ・カードではないし、それで価値判断を安易に行なうというのは問題かもしれない。
上の「EP:end-point」さんのところでは、人格障害名のレッテル貼りへの批判が展開されている。 これは精神科医町沢静夫氏が訴えられた問題にも通じるような。*1
それとどこのblogだったか忘れたけど、精神分析が同性愛を倒錯として差別的に扱ってきたことに対して批判してた人がいた。たしかにそれは精神分析の範囲を逸脱してると思う。また、東浩紀氏が『動物化するポストモダン*2 などで精神分析的言説を使い、オタクを同性愛から切り離すことによって倒錯を同性愛に押し付けたとして憤慨していた。それも無理ないと思った。だって、倒錯はオタクのほうだから。オタクにはある「否認」が、たぶん同性愛者にはないはずだし。でもオタクが倒錯であるかないかなどというのは、どーでもいいことだと思う。
やっぱり話は、人は他者性――「あなたは何者で、どこから来て、どこへ行くのか」という疑問が湧いてくるような、でも表立ってそんな質問はしないけど――としてどう現われるかということじゃないかと思ったり。そういう意味では、メンヘル系だろうが何系だろうが、そういう属性情報はどーでもいいわけで、とはいっても、抑うつポジションにいて躁的防衛(支配感・征服感・軽蔑)に必死な人間や、妄想-分裂ポジションにいて妄想を吐き続ける人たちはちょっと困るけど。(それに加え、ネットにしろリアルにしろ、女の子に粘着する性向がある人間は、倒錯のポイントがどっさりプラスされる。) あ、心理学や精神分析は、そうゆー連中を攻撃するのに使えるけどね。 あと重い精神分裂病とかになると、世界の外のあっちの世界にいたとしても、なぜか他者性を感じない。*3 彼岸には橋がかからないのだろう。
(境界性)人格障害の特徴として、自己の中心に空虚さを抱えているというのがある。でも、どんな人間も中心は空(トーラス:リングのドーナツみたいなもの。)なのだ。だから例えば「自分探し」などというのは、空のところを必死になって掘るようなものになる。また、もし中心の空の部分を何かで埋めようとしても、そこはほんらい空の指定席なので、徒労に終わる。そこに金を注ぎ込んで御殿を建てようとしたら、一生金を稼ぐためだけの人生になる。


あ、いいかげんblogなんか書いてないで、お金、稼がなくちゃ。 いえ、御殿じゃなく、パンのためですけど。(またなんとなく尻切れトンボで終わる…)
 

*1:「診察せず「人格障害」 養育権審判 精神科医が意見書 母親、賠償提訴」 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041001-00000024-nnp-kyu

*2:書いた意図はなんとなく分かるつまらない本。頭のいい人がこんな本書いてたらダメボ。

*3:例えば、妄想世界にいる地下鉄サリン事件麻原彰晃和歌山毒カレー事件林真須美は、おそらく本気で自分は事件に関与してないと思ってるんでしょう。